ATPになるか迷い、天を仰いで考える野村隆昌

第5回 私がATPにならなかった理由

私はR.E.P.でした

私は、2003年から、プロジェクトマネジメント協会(Project Management Institute:PMI)のR.E.P.(Registered Education Provider)でしたが、その制度終了時、認定トレーニング・パートナー(Authorized Training Partner:ATP)になる道を選びませんでした。

制度の存在を知らなかったわけではありません。ATPになれば、PMIが開発した公式教材を使い、PMP試験の受験資格として認められる研修を提供できます。受講者にとっても、その研修が受験要件を満たすかどうかを判断しやすくなります。教育事業者として考えれば、ATPの名称とロゴは、分かりやすい信頼の印になります。

それでも、私は選びませんでした。

PMIが嫌いだからではありません。公式教材に価値がないと思っているからでもありません。むしろ、20年以上にわたってPMIのガイドを使い、PMP試験対策を続けてきたからこそ、公式教材を中核として届ける役割に、自分の仕事を限定したくなかったのです。

前回の「第4回 日本語版を読むために、英語版を基準にします」では、日本語版を無条件の正本とせず、英語版や原典へ戻って確認する理由を書きました。今回は、その姿勢が、なぜATPにならないという判断につながったのかを整理します。

私が提供したいのは、コンテンツの配信ではありません。学習者がプロジェクトマネジメントを考えるための材料と方法です。

ATP制度には、正当な目的があります

ATP制度を、単純な囲い込みと呼ぶべきではありません。

PMPは、世界中で実施される高額で重要な資格試験です。受験者が増えれば、試験問題の漏洩、記憶した問題の再現、正答だけを暗記させる講座、合格を保証すると宣伝する事業者も現れます。

実際、PMIはExam Security(試験の公正性)において、試験問題の窃取、配布、事前入手、代理受験などを明確な不正行為として扱っています。専門のExam Integrity(試験の公正性)チームによる調査や、第三者によるデータ・フォレンジックを含む統計的な検査も行われています。

ATP制度が設けられた背景について、私は以前、PMI本部の関係者から直接話を聞いたことがあります。詳しい内容を書くことはできませんが、当時のR.E.P.制度のもとで、一部の地域において行われていた好ましくない運用を排除することも、制度変更の意図の一つだったようです。

もちろん、ATP制度がそれだけを理由に設計されたとは考えていません。しかし、試験の公正性と資格の信頼性を守るために、教育提供者をより厳格に管理しようとしたこと自体には、相応の理由がありました。

資格の信頼性を守るには、試験だけでなく、試験対策を取り巻く市場にも目を向けなければなりません。研修事業者が盗用した問題や出所不明の教材を販売し、受講者がそれと知らずに利用すれば、資格制度全体の信用が損なわれます。

この点では、ATP制度の考え方を理解できます。公式教材を提供し、講師に一定の要件を課し、受験資格として認められる研修を識別できるようにする。最低限の品質と試験の健全性を守る仕組みとして、合理性があります。PMIが試験の完全性を守ろうとしていること自体に、私は異論がありません。

したがって、私はATP制度の存在そのものを否定しているわけではありません。問題は、不正や不適切な教育提供を防ぐ仕組みと、教育内容を標準化する仕組みとが、ほとんど一体として導入されたことです。前者は必要です。しかし、前者の必要性が、そのまま後者の妥当性を保証するわけではありません。

2026年12月から、境界が変わります

PMIが公表した2026年のPMP試験および研修要件の変更によれば、2026年12月1日から、PMPの35時間の教育要件に関する扱いが変わります。

講師が対面またはオンラインで行うライブ研修については、ATP、中国のRegistered Education Provider(REP)、または要件を満たす認定教育プログラムが提供したものだけが、受験資格の教育時間として認められるようになります。認定教育プログラムには、PMIのGlobal Accreditation Center(GAC:グローバル認定センター)が認定したプログラムも含まれます。

一方、オンデマンド型の自習コースについては、引き続き任意の組織が提供するものを利用できます。したがって、PMP試験対策のすべてがATPへ限定されるわけではありません。制限されるのは、主として講師がリアルタイムで提供する研修です。

これは重要な区別です。PMIは、学習者が自由に試験対策を行うことまで禁止しているわけではありません。書籍を読み、ガイドを調べ、外部資料を参照し、独立した教材で学ぶことはできます。しかし、受験資格として必要な35時間をライブ研修で取得しようとすると、制度の内側にいる教育事業者や認定教育プログラムを選ぶ必要があります。

学習の自由は残っています。しかし、資格申請に使えるライブ研修の経路は狭くなります。

標準化は、最低品質を上げます

ATP制度の利点は、標準化です。

ATPはPMIが開発した公式教材を使用し、講師はPMIのトレーナー向けプログラムを受けます。研修の内容がExam Content Outline(ECO:試験内容概要)から大きく外れる可能性は小さくなります。必要な時間数や扱う領域も明確になり、事業者ごとの差を減らすことができます。

PMI自身も、Authorized Training Partnerによる研修の利点として、PMI公式教材、認定講師、品質基準などを挙げています。

何を教えるのか分からない講座や、過去問題と称する出所不明の問題だけを解かせる講座に比べれば、はるかに安全です。標準化は、最低品質を引き上げます。これは大切なことです。

しかし、最低品質を引き上げることと、教育の上限を引き上げることは同じではありません。

ATPでも補足はできます。しかし、制限もあります

ATPになれば、公式教材以外のことを一切話せなくなるわけではありません。この点は、正確に区別しておく必要があります。

現在のATP Program Detailsでは、PMIが開発したライセンス教材をすべて提供することが求められます。そのうえで、講師自身の事例、ケーススタディ、演習、活動などを追加し、自分のスタイルで教えることは認められています。

つまり、公式教材を一字一句読み上げることだけが求められているわけではありません。優れた講師であれば、受講者や業界に合わせて説明を補い、理解を助けることができます。

一方で、現在の制度には明確な制限もあります。ATP向けの講師主導コースが用意されているPMI資格については、ATPが独自のオンデマンド型または講師主導型の試験対策コース、書籍その他の代替教材を提供することが制限されています。

公式教材をすべて提供したうえで補足することと、独自の設計思想による教材を一から構築することは、同じではありません。

私が続けたかったのは、後者でした。

公式教材を説明することと、教育することは同じではありません

公式教材には、試験に必要な内容が整理されています。限られた研修時間のなかで、世界中の受講者へ一定の内容を届けるためには、共通教材が必要です。

ただし、公式教材を順番に説明すれば、それだけで優れた教育になるわけではありません。

受講者は、それぞれ異なる経験を持っています。建設、製造、情報技術、研究開発、公共事業、教育、医療では、プロジェクトの見え方が違います。計画型の経験しかない人と、アジャイル開発だけを経験してきた人では、同じ言葉につまずく場所も異なります。

講師には、受講者の反応を見ながら説明を組み替える力が必要です。公式教材に書かれていない背景を補い、用語の誤解を解き、必要であればガイドの外へ出なければなりません。

タックマンのモデルを説明するなら、ガイドに掲載された短い説明だけでなく、元の論文で何が述べられたのかを確認する。コミュニケーション・モデルであれば、シャノンの理論と、その後に加えられた対人的、文化的な要素を区別する。契約であれば、米国の政府調達制度との関係を説明する。

そのような寄り道は、試験に必要な項目を効率よく消化するだけなら、不要に見えるかもしれません。しかし、私は、その寄り道にPMPを学ぶ価値があると考えています。

トレーナーズトレーニングが生む逆説

講師向け研修にも意味があります。教材の目的、進行方法、演習の扱い方を共有し、説明のばらつきを減らすことができます。

しかし、トレーナーズトレーニングを受けたことと、教育者として十分な経験を積んだことは同じではありません。

これはATPだけに見られる問題ではありません。私がこれまでに見てきた他の資格制度でも、認定講師制度やトレーナーズトレーニングは広く採用されていました。所定の研修を受けた講師が、共通の教材を一定の方法で提供する仕組みには、最低限の品質を確保しやすいという明確な利点があります。

その一方で、長年その分野で教え、独自の教材と教育方法を磨いてきたプロフェッショナルが、制度から離れていくことがあります。

経験の浅い講師にとって、共通教材と進行方法は大きな助けになります。しかし、すでに何年、何十年と教育を続けてきた講師にとっては、自分の教材や教え方を所定の型へ収めることが、教育の質を下げる結果になる場合があります。制度へ参加するために、それまで積み重ねてきた知識や工夫を脇へ置かなければならないのであれば、参加しないという判断をする人も出てきます。

認定制度は、講師の最低品質をそろえることができます。しかし、その制度が、経験豊かな教育者を内部にとどめられるとは限りません。未経験者が一定水準の講座を提供しやすくなる一方で、長年活動してきたプロが離れていく。これは、私が複数の資格制度で見てきた逆説です。

短期間の研修によって確認できるのは、制度や教材を理解し、一定の方法で提供できることまでです。受講者の誤解を見抜く力、質問の背景を理解する力、異なる業界の経験を結びつける力は、実践のなかで時間をかけて育てるしかありません。

公式教材と講師資格をそろえれば、講座の形式は整います。しかし、教材を読み上げる人と、受講者の理解を作る人との違いまでは、制度だけでは保証できません。

認定制度が講師を増やすことはできます。教育者を育てるには、それとは別の時間が必要です。

PMPの価値は、幅広い範囲を学ぶことにありました

私がPMP試験対策を始めた頃、この資格の魅力は、プロジェクトマネジメントの幅広い領域を一度に学ばなければならないことにありました。

スコープ、スケジュール、コストだけではありません。品質、組織、チーム、コミュニケーション、リスク、調達、ステークホルダー、倫理まで扱います。自分の専門分野では常識だと思っていたことが、別の業界では通用しないと知ります。普段の仕事では触れない契約や財務、組織論にも向き合います。

試験のために始めた学習が、自分の実務を相対化する機会になります。

ところが、試験対策が公式教材とECOへ強く収束すると、学習の目的が変わります。「プロジェクトマネジメントを広く学ぶ」ことより、「試験で要求される項目を、指定された教材で効率よく習得する」ことが前面に出ます。

もちろん、受験者にとって効率は重要です。限られた時間と費用で合格したいという希望は当然です。しかし、効率を追求しすぎると、資格を取得した後に残るものまで小さくなります。

私は、PMPを試験問題に正解するためだけの資格にしたくありません。

私がATPを選ばなかった理由

ATPになれば、事業として分かりやすくなります。PMI公式教材を使い、定められた研修を提供し、受講者へ修了証を発行する。説明もしやすく、受講者も安心できます。

それでも私は、自分で教材を作る道を残しました。

ただし、自分で教材を作るということは、好きなことを自由に書けばよいという意味ではありません。第2回「AIに検査させても、大規模文章のQAは終わりません」で書いたように、独自教材には独自教材の品質保証責任があります。用語、参照先、版の違い、ページ番号、根拠資料を、自分たちで継続的に検査しなければなりません。

公式教材に不足があれば補いたい。説明に疑問があれば原典へ戻りたい。過去の版に重要な説明があれば、現在の試験範囲と区別したうえで紹介したい。新QC七つ道具や契約の考え方のように、現在のガイドから目立たなくなった内容でも、理解に必要なら外部資料を使いたい。

ガイドに書かれていないから教えない、公式教材に含まれないから扱わない、という判断だけはしたくありませんでした。

私はPMIのコンテンツを販売するために、20年間教材を作ってきたわけではありません。PMIのガイドと試験を入口として、プロジェクトマネジメントを理解してもらうために教材を作ってきました。

似ているようですが、私にとっては大きな違いです。

最後に、一見するとどうでもよさそうな、選ばなかった理由を一つ挙げます。

ATPは、制度から離れた後に「元ATP」と名乗ることが認められていません。PMI Authorized Training Partner Handbookでは、活動を終了したATPは、現在だけでなく過去の関係や提携を示す表現も使用しないよう定められています。

これに対して、R.E.P.制度の知的財産ガイドラインでは、制度に参加しなくなった組織が「元R.E.P.」と表明することを明示的に認めていました。

R.E.P.として積み重ねた履歴は、制度を離れた後も履歴として語ることができました。ATPでは、制度を離れれば、過去の関係まで表示できなくなります。

小さな規定の違いに見えます。しかし、制度と教育事業者の関係をどう考えるかという点では、象徴的な違いです。このあたりの制度設計も、私がATPに手を出さなかった理由の一つです。

公式教材は、学習の出発点であるべきです

公式教材が不要だとは思いません。むしろ、共通の出発点として重要です。試験で問われる領域を確認し、用語と基本的な考え方をそろえるために役立ちます。

問題は、それを到達点にしてしまうことです。

公式教材は、何を学ぶべきかを示す地図にはなります。しかし、その土地のすべてを描いているわけではありません。教材に記載された短い説明の背後には、論文、標準、制度、歴史、実務上の議論があります。

地図を正確に教えることは必要です。同時に、地図の外側に世界があることも伝えなければなりません。

ATP制度が資格の信頼性を守り、粗悪な研修を減らすのであれば、その効果は歓迎します。一方で、公式教材を使うことが教育の質そのものだと受け取られるなら、注意が必要です。

認定は、学習の安全性を高めます。しかし、認定だけで、学習の深さまで保証することはできません。

おそらく、どこかで揺り戻します

PMIはいま、資格、公式教材、試験対策、教育事業者を強く結びつける方向へ進んでいます。2026年12月からのライブ研修要件の変更は、その動きをさらに明確にします。

資格制度を守る立場から見れば、合理的な選択です。教育の多様性を守る立場から見れば、窮屈な選択です。

この二つは、どちらか一方だけが正しいわけではありません。自由な市場に任せれば、不正確な教材や不正な試験対策が増えます。統制を強めれば、独立した講師や独自教材が活動しにくくなります。

制度は、その間で揺れます。

私は、いずれ何らかの揺り戻しが起きると考えています。ただし、それがいつ、どのような形で起こるかは分かりません。ATP制度自体がなくなるとは思いませんが、公式教材と独自教材の関係、ライブ研修とオンデマンド研修の扱い、講師の裁量については、今後も調整が続くでしょう。

その間も、私は自分の教材を作ります。英語版を基準にし、原典へ戻り、公式教材だけでは説明しきれない部分を補います。試験に必要な範囲を明確にしながら、その外側にある知識も捨てません。

資格を守ることと、学びを守ること。その両方が必要です。


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