多数の分厚いガイドを開き、英語版と日本語版を比較する野村隆昌

第4回 日本語版を読むために、英語版を基準にします

日本語版を否定したいわけではありません

プロジェクトマネジメント協会(Project Management Institute:PMI)のガイドを、私は長く使ってきました。一般的な読者が想像するよりも、かなり深く依存しています。PMP試験対策の教材を作り、講義で説明し、版が変わるたびに内容を確認し、ときにはドラフトへのコメントも送りました。自分の名前が謝辞に掲載されていることさえ、受講者から指摘されるまで知りませんでした。

ですから、日本語版に違和感があると書くのは、あまり気持ちのよい仕事ではありません。翻訳に携わった方々が、膨大な文章と図表、索引、用語集を相手に、厳しい条件のなかで作業していることも想像できます。翻訳は、原文を単語単位で置き換えれば完成する仕事ではありません。専門用語の蓄積、過去の版との連続性、既刊書との整合、読者の理解、原文そのものの曖昧さまで引き受ける、とても高度な仕事です。

膨大な文章を編集することも、同じように高度な仕事です。本文だけでなく、図表、用語集、索引、ページ参照を相互に整合させ、版をまたいで管理しなければなりません。プロジェクトマネジメント知識体系ガイド(A Guide to the Project Management Body of Knowledge:PMBOK Guide)ほど大きな文書であれば、その困難さは容易に想像できます。

それでも、駄目なものは駄目と言わなければなりません。

今回、20年分の蓄積のあるPMP試験対策を作り直すにあたり、私は日本語版を基準資料から外しました。正確には、読まなくなったわけではありません。英語版を基準とし、日本語版は翻訳と解釈を確認するための比較資料として扱うようになりました。この順序に変えなければ、教材全体の用語と説明を統一できなかったからです。

「媒体」は、途中から「中」になりました

象徴的なのが、異文化コミュニケーションのためのコミュニケーション・モデルです。

この図の中央には、英語版ではMediumと書かれています。ここでいうmediumは、メッセージが伝わる媒体、経路、手段を指します。Small、Medium、LargeのMediumではありません

興味深いのは、日本語版でも最初から誤っていたわけではないことです。第3版と第4版では「媒体」、第5版では「メディア」と訳されていました。表現は変わっていますが、いずれも概念は保たれています。ところが、第6版になると、この文字が突然「中」になります。そして第7版、第8版でも「中」のままです。

つまり、翻訳できなかったのではありません。最初は翻訳できていました。正しかったものが改版の途中で壊れ、その状態が後続の版へ継承されたのです。

第6版の本文では、同じ概念について「媒体」という言葉が使われています。第8版でも、本文はメッセージが媒体やコミュニケーション・チャネルを介して伝えられることを説明しています。本文を読めば概念は理解できます。それにもかかわらず、図の中央だけは「中」です。

原因は断定できません。翻訳データの処理、図版への文字の流し込み、編集時の置換、あるいは別の工程で生じたのかもしれません。しかし、原因を推測しなくても、確認できることがあります。図中の文字と英語版を照合する品質確認が、第6版から第8版まで、この一文字を捉えられなかったということです。

これは、難解な専門用語の訳をめぐる議論ではありません。「媒体」と訳すべきか、「メディア」と訳すべきかという選択ですらありません。どちらであっても、少なくとも意味は通ります。「中」では意味が通りません。

そして、過去の版では意味が通っていました。

一度の誤植なら、どのような出版物にも起こります。しかし、正しかった図が改版によって壊れ、その後の複数の版でも修正されないのであれば、問題は個々の翻訳者よりも、版をまたいで図表を管理し、原文と照合する編集工程にあります。

分かる人ほど、誤りを補ってしまいます

翻訳も編集も高度な仕事です。しかし、高度な仕事であるからこそ、専門家が携われば誤りがなくなる、と考えてはいけません。

巨大な文書では、小さな誤りが長期間にわたって見過ごされることがあります。一度その表現が完成品の中へ入り込むと、次の版では「すでに確認されたもの」として扱われます。新しく書かれた文章は注意深く読まれても、以前から存在する図表や定義は、そのまま引き継がれやすい。第3版と第4版では「媒体」、第5版では「メディア」と意味が保たれていたものが、第6版で「中」となり、第8版まで残った経緯は、その怖さをよく示しています。

そして、内容を理解している人ほど、誤りに気づかない場合があります。「中」と書かれていても、コミュニケーション・モデルを知る人は、頭の中で自動的に「媒体」と読み替えます。意味を補えてしまうため、図そのものの異常を見落とします。

分からない人には意味が通らず、分かる人には誤りが見えない。教材にとって、これは厄介な状態です。

私自身も、この図を長く見てきました。違和感を覚えながらも、何を意味しているかは分かるため、講義では正しい概念を説明できます。受講者も、説明を聞けば理解できます。その結果、図の一文字そのものが問題として残されます。

「知っている人なら補える」は、教材として十分な説明ではありません。ガイドは、本来その知識をこれから学ぶ人のために存在するはずです。

30年近く訳されなかった「narrative」

もう一つ、作業範囲記述書(Statement of Work:SOW)の用語集を見てみます。

この問題は、第6版から始まったものではありません。ガイド96の用語集では、英語の定義に、すでにnarrative descriptionという表現が使われています。一方、日本語の定義は、契約に基づいて納入する製品やサービスを「記述したもの」と説明するだけで、narrativeに相当する意味を日本語へ反映していません

日本語の定義のすぐ近くには、英語で A narrative description of products or services to be supplied under contract. と掲載されています。したがって、英語の定義にnarrativeが存在しなかったわけではありません。日本語にする段階で、その意味要素が訳文へ入らなかったのです。

第3版でも同じ状態を確認できます。日本語は、納入するプロダクト、サービス、所産を「記述したもの」とし、英語では A narrative description of products, services, or results to be supplied. としています。対象に所産が加わるなど、定義の細部は変化していますが、narrativeの意味が日本語に現れない点は変わっていません。

その後の版でも、narrativeに相当する意味が明示されない状態が継承されました。そして第8版日本語版になって、narrative descriptionは初めて「物語風説明」として日本語の定義に現れます。

ガイド96から第8版まで、ほぼ30年です。

第8版で意味要素が日本語に現れたこと自体は、前進です。しかし、「物語風」と言われると、今度は別の疑問が生じます。SOWは物語を書く文書なのでしょうか。ここでいうnarrativeは、文学的な物語というより、表や箇条書きだけではなく、文章によって内容を説明するという性格を表しているはずです。「叙述的な説明」「文章による記述」「記述形式の説明」など、ほかの選択肢も考えられます。30年前は、「ナラティブ」という言葉自体、あまり通じなかったでしょう。でも、今日では、ナラティブという言葉は、割と通じるように思います。時代というものも、あったのかなぁ、と考えたりもします。

どの訳語が唯一の正解かを、ここで断定するつもりはありません。また、第8版の翻訳担当者が過去の欠落に気づいて修正したのか、翻訳方針の変更によって結果的に訳文へ入ったのかも分かりません。確認できる事実は、ガイド96の英語にはnarrativeがあり、日本語にはその意味がなく、第8版になって初めて「物語風」として日本語へ現れたということです。

Mediumは、正しく訳されていたものが途中で壊れた例です。SOWのnarrativeは、最初期から訳文へ入らなかった意味が、約30年後に初めて日本語へ現れた例です。問題の生じ方は異なりますが、いずれも一つの版だけを見ていては分からない不整合です。

英語版と日本語版をさらに細かく突き合わせれば、ほかにも差異を見つけられるでしょう。しかし、この記事の目的は翻訳の粗探しではありません。個々の違いを集めて翻訳チームを批判することでもありません。長期間維持される巨大な文書では、意味の欠落や表記の異常が、版をまたいで継承されることがある。その事実を確認できれば、ここでの目的には十分です。

用語集は、その本の中で最も厳密であってほしい場所です。本文に多少の言い換えがあっても、用語集に戻れば概念を確認できる。それが理想です。しかし、用語集の定義そのものが版によって揺れ、原文の意味要素が長期間訳されないのであれば、教材制作者は用語集だけを信頼することができません。

結局、英語版に戻って確認することになります。

「前提」と「前提条件」は同じではありません

さらに悩ましいのが、assumptionとconstraintです。

第8版英語版の用語集では、assumptionは、証拠や実証がない段階で、真実、現実、または確実であるとみなす要因として説明されています。一方、constraintは、ポートフォリオ、プログラム、プロジェクト、プロセスの実行に影響する制限要因です。

日本語版では、それぞれ「前提条件」と「制約条件」とされています。長く使われてきた定訳であり、PMP試験対策の世界では広く定着しています。いまさら教材ごとに勝手な訳語へ変更すれば、かえって混乱を増やします。

しかし、日本語として考えると、「前提」と「前提条件」は同じではありません。

前提は、議論や計画を進めるため、ひとまず真であると置くものです。前提条件は、何かが成立するために、あらかじめ満たされていなければならない条件という意味で読まれやすい言葉です。この二つは重なる部分を持ちますが、完全には一致しません。

英語のassumptionを常に「前提条件」と置き換えると、本来は未確認の想定であるものが、満たすべき条件のように見える場合があります。さらにconstraintを「制約条件」とすると、二つの概念がともに「条件」という外形を持つことになります。図表や一覧では整って見えますが、概念上の違いは、かえって見えにくくなります。

私の教材では、用語として「前提条件」を残しながら、その意味を「証明されていないが、計画上は真であると仮置きしたこと」と説明する必要があります。「制約条件」については、「行動や選択肢を制限する要因」と区別します。

つまり、訳語を掲載するだけでは足りません。訳語によって生じる誤解まで説明しなければならないのです。

こうした箇所が一つか二つなら、講義中に補足すれば済みます。しかし、教材が数百ファイル、数千ページ相当の規模になると、補足説明も用語ルールとして管理しなければなりません。「前提」「前提条件」「仮定」「想定」をどこで使い分けるか。「制約」と「制約条件」をどう扱うか。問題文、解説、辞書、図表、索引で同じ方針を維持できているか。

翻訳上の小さな違和感が、大規模教材では巨大な品質管理課題になります。

問題は翻訳者個人ではなく、編集の仕組みです

ここまで書くと、翻訳者を責めているように見えるかもしれません。そうではありません。

PMBOK Guideほどの文書を翻訳するのは、大変な仕事です。本文だけではありません。標準、ガイド、付属資料、図表、用語集、索引、過去版との対応があります。専門分野も、組織論、財務、契約、品質、リスク、コミュニケーション、心理学など広範囲です。多数の執筆者による英語原文にも、表記の揺れや説明不足があります。原文が一貫していないものを、翻訳だけで一貫させることはできません。

だからこそ、必要なのは編集です。

翻訳された文章を個別に確認するだけでなく、図の文字、本文、用語集、索引を横断し、旧版から継承された表現を検査する必要があります。同じ英語が別の場所でどう訳されているかを調べ、訳語を変更したなら、その影響範囲を確認しなければなりません。

第6版で「中」になった図が、第8版でも「中」のまま残っている。この事実から、翻訳チームの能力や姿勢を推測することはできません。しかし少なくとも、図中の文字と英語原版を版ごとに照合する品質保証が、この一文字に対して十分に機能しなかったとは言えます。

これは個人への批判ではなく、工程への疑問です。

そして、この問題はPMIだけに起こるものでもありません。巨大な文書、長期間維持される規格、多数の関係者が参加する出版物であれば、どこでも起こり得ます。だからこそ、権威ある組織が発行した文書であっても、確認をやめてはいけません。

生成AIで、原文との照合が現実的になりました

以前、この種の調査には莫大な時間が必要でした。

英語版と日本語版を並べ、該当ページを探し、旧版も開き、用語集と索引を確認する。表現が変わっていれば、文書全体から同じ語を探す。図中の文字は通常の検索で見つからないこともあります。見つけた不整合を記録し、教材のどこに影響するかを調べるだけで、簡単に一日が終わります。

生成AIによって、この作業の苦痛はかなり減りました。複数版のPortable Document Format(PDF)を比較し、同じ概念の記述を抽出し、用語の出現箇所を一覧化し、違いの候補を洗い出すことができます。人間が数時間かけていた下調べを、短時間で進められるようになりました。

もちろん、AIが訳語の正しさを最終決定してくれるわけではありません。AIは、もっともらしい説明を作ることもあります。図の構造や版の違いを取り違えることもあります。原典を確認せず、ガイドの説明を別の言葉で繰り返すだけの場合もあります。

それでも、調査の入口は大きく変わりました。

人間は、すべてのページを目視で探す代わりに、AIが抽出した候補を原文と実物で検証できます。AIに判断を委ねるのではなく、人間が判断するための材料をAIに集めさせる。これは、今回の教材制作で最も有効だった使い方の一つです。

だから、常に原典に当たります

ガイドに書かれているから正しい。日本語版に載っているから確定している。過去の版から使われているから検証済みである。そう考えれば、教材制作は楽になります。

しかし、「中」は第6版から第8版まで残りました。SOWのnarrativeは、ガイド96から長期間、日本語の定義に現れず、第8版で初めて「物語風」と訳されました。「前提」と「前提条件」の違いは、長く使われてきた定訳の陰に隠れています。

翻訳者を疑うためではありません。編集者を批判するためでもありません。翻訳も編集も、人間が行う仕事だからです。どれほど高度な専門作業であっても、誤りや不整合が生じる可能性はあります。そして巨大な文書では、その誤りが長期間にわたり、誰にも気づかれないまま継承されることがあります。

だから、英語版へ戻ります。英語版にも疑問があれば、引用元の論文、標準、制度文書まで戻ります。

コミュニケーション・モデルであれば、クロード・シャノン(Claude E. Shannon)などの原典や、その後の研究を確認できます。組織論や動機づけ理論であれば、ガイドによる数行の要約だけでなく、提唱者自身の論文や著作を確認できます。契約であれば、米国の政府調達制度を確認できます。品質管理であれば、米国品質協会(American Society for Quality:ASQ)などの外部資料に当たることができます。

原典に当たるとは、権威を否定することではありません。

権威ある文書を、権威だけに頼らず正確に読むための作法です。

日本語版を「正本」にする必要がなくなりました

第7版では、日本語翻訳の扱いが、ほかの言語版と異なっていました。PMI本部の当時のFrequently Asked Questions(FAQ)にも、日本語翻訳は日本支部がライセンスを受けて作成し、PMI本部からは配布しないことが明記されていました。日本語版の入手条件は、日本の学習者にとって分かりにくく、国際的に同じ条件で資料へアクセスできる状態とは言いにくいものでした。

第8版では、日本語版のPDFをPMI本部の経路から入手できるようになりました。これは歓迎すべき変化です。英語版と日本語版を同じ環境で入手し、並べて確認できます。日本語版を読むために、国内だけの特殊な経路へ依存する必要が薄れました。

同時に、生成AIの普及によって、日本語版を学習の出発点にしなければならない理由も小さくなりました。

PMI会員として英語版を入手し、必要な箇所についてAIの助けを借りながら読む。分からない概念は、英語のまま外部資料や原典を調べる。そのうえで日本語版と比較する。この順序のほうが、少なくとも私には合理的です。

「日本語版は不要だ」という言い方は、強すぎるかもしれません。日本語でまとまった文書を読めることには、大きな価値があります。専門用語を日本の実務へ定着させてきた功績もあります。

しかし、英語版へアクセスでき、AIによる読解支援が利用できる現在、日本語版は唯一の入口ではありません。まして、無条件に正しいものとして受け入れる必要はありません。

英語版を基準にし、日本語版を比較する。必要なら原典まで戻る。

それは日本語版を軽視する態度ではなく、むしろ日本語版を正確に読むための方法だと考えています。

好きだから、確認を続けます

私はPMIを嫌っているわけではありません。

今回は一部の言葉だけを取り上げましたが、代表的な言葉については、各バージョンでどう英語で説明されたか、しつこくトラッキングしています。なかなか味わい深い作業です。96では、「A narrative description of products or services to be supplied under contract.」だったものが、変遷を経て、現在の8版では「A narrative description of products, services, or results to be delivered by the project.(6/7版と同一)」です。こうした違いを味わうことも、試験対策のコンテンツ作りの楽しみであり、同時に苦しみでもあります。

長く関わり、何度も助けられ、いまも次の版を楽しみにしています。おそらく次のドラフトにも、何かコメントするでしょう。好きでなければ、英語版と日本語版を何版も並べ、図の中央に残った一文字について、これほど長く考えたりはしません。

ただし、ガイドを信頼することと、ガイドを無批判に受け入れることは別です。

専門家としてガイドを使うなら、曖昧なところは曖昧だと言い、誤っているところは誤っていると確認する必要があります。翻訳に違和感があれば原文へ戻り、原文にも疑問があれば原典へ戻る。その結果を、学習者が理解できる形に組み直す。

今回行っているリファクタリングは、文章を新しく書く作業だけではありません。20年間、講義のたびに口頭で補ってきた違和感を、辞書とルールと検査器へ移す作業でもあります。

図の中の「中」という一文字さえ、放置しない。

少し大げさに見えるかもしれません。しかし、その積み重ねが教材の品質になります。

次回は、PMIが教育ベンダーと資格制度を通じて、学習の範囲をどのように変えようとしているのかを考えます。認定トレーニング・パートナー(Authorized Training Partner:ATP)制度が必要とされた事情には、理解できる部分があります。一方で、資格学習が公式コンテンツの消費へ収束し、「幅広い範囲を学ぶ」というPMP資格の価値を弱めてはいないでしょうか。

20年間、この資格と教材に関わってきた立場から整理します。


主な確認資料

  • Project Management Institute, A Guide to the Project Management Body of Knowledge, 1996 Edition, glossary entry for Statement of Work.
  • Project Management Institute, A Guide to the Project Management Body of Knowledge (PMBOK Guide), Third Edition, glossary entry for Statement of Work.
  • Project Management Institute, A Guide to the Project Management Body of Knowledge (PMBOK Guide), Sixth Edition, Figure 10-4.
  • Project Management Institute, PMBOK Guide, Eighth Edition, Figure 5-2, p.154.
  • Project Management Institute, 『PMBOKガイド 第8版』図5-2、154ページ。
  • ガイド96、第3版、第6版および第8版の英語版・日本語版用語集におけるstatement of workの項目。
  • 第8版の英語版・日本語版用語集におけるassumptionおよびconstraintの項目。
  • PMBOK Guide公式ページ
  • PMBOK Guide第7版に関するPMI公式FAQ

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