ガイドだけでは、教材を作れません
プロジェクトマネジメント知識体系ガイド(A Guide to the Project Management Body of Knowledge:PMBOK Guide、以下「PMBOKガイド」)は、プロジェクトマネジメントを学ぶうえで非常に重要な文献です。私は長くこのガイドを使い、改訂にも関心を持ち、ときにはドラフトへ修正提案を送ってきました。現在も、プロジェクトマネジメント・プロフェッショナル(Project Management Professional:PMP)試験対策教材を構成する中心にはPMBOKガイドがあります。というか、ずっとガイドが好きです。
ドラフトへの修正提案を行うと、その貢献者としてガイドに名前が掲載されることがあります。私は最初、その仕組みをよく理解しないまま意見を送っていました。自分の名前が掲載されていることにも気づいていませんでした。後になって受講者から指摘され、初めて知りました。びっくりです。
それ以来、掲載されている一つひとつの説明を、以前よりも少し身近なものとして読むようになりました。同時に、ガイドを大切に思うことと、その内容を無条件に受け入れることは違うとも考えるようになりました。長く使い、改訂にもわずかながら関わってきたからこそ、分からないことや違和感のある部分は、原典まで戻って確認したいのです。
しかし、ガイドだけで教材を作ることはできません。それに、好きであるというのは単なる主観です。課題を探さなければなりません。
これは、ガイドの説明が不足しているという批判だけを意味するものではありません。そもそもPMBOKガイドは、プロジェクトマネジメントに関連する理論や技法の成立過程を、一つずつ詳しく解説するための文献ではないからです。広い領域を整理し、共通して利用できる枠組みを提示することが、その大きな役割です。
そのため、ガイドに登場する用語やモデルの背後には、別の分野で蓄積されてきた長い研究があります。組織行動、心理学、品質管理、統計学、契約、システム工学、情報理論。プロジェクトマネジメントは、これらの知識を取り込みながら発達してきました。
ガイドに一つの図や数行の説明として収録された時点で、その理論はかなり圧縮されています。圧縮すること自体が悪いわけではありません。問題は、その圧縮された説明だけを読んで、元の理論まで理解したと思ってしまうことです。時には、「原典と違うなぁ」と感じることもあります。
今回の教材再構築では、ガイドに書かれている説明を確認するだけではなく、その説明がどこから来たのかを可能な範囲で遡ることにしました。人工知能(Artificial Intelligence:AI)によって大きく変わったのは、この遡及に必要な時間です。
タックマンのモデルは、本当に「ラダー」なのか
チーム形成の説明でよく知られているものに、タックマンのモデルがあります。フォーミング、ストーミング、ノーミング、パフォーミングという四つの段階です。後にはアジャーニングが加えられました。
教材では、これを階段状の図にして、「タックマン・ラダー」と説明することがあります。段階を順に上っていくイメージは理解しやすく、試験対策としても覚えやすい表現です。
しかし、1965年のブルース・W・タックマンの論文を読むと、forming、storming、norming、performingという名称は確認できますが、少なくとも論文中で、このモデルを「ladder」と呼んでいるわけではありません。タックマンが行ったのは、複数の小集団研究を整理し、集団の発達に共通して見られる段階を概念的に示すことでした。1965年の原論文は、現在広く使われている単純な階段図よりも慎重です。
ここで区別しなければならないものが、少なくとも三つあります。タックマンが論文で示した内容、その後の研究や教育によって発達した説明、そしてプロジェクトマネジメント協会(Project Management Institute:PMI)がガイドへ収録した説明や、研修教材が学習用に再構成した表現です。PMIは、PMPをはじめとする資格制度やプロジェクトマネジメントの標準を提供している国際的な専門家団体です。
「ラダー」という表現が教育上役に立つのであれば、使ってはいけないとは思いません。ただし、それをタックマン自身の用語として扱うのか、後世の教育的な表現として扱うのかは別の問題です。
さらに、現実のチームが必ず四段階を一方向に進むわけでもありません。新しいメンバーが参加すれば、チームの関係は変化します。目標や権限が変われば、すでに安定していたチームに対立が生じることもあります。段階モデルは現実を理解するための道具ですが、現実そのものではありません。
この違いを教材のどこまで説明するのか。PMP試験対策として覚えるべき表現と、実務家として理解しておくべき限界をどう分けるのか。原典を読んでも、教材上の判断が自動的に決まるわけではありません。むしろ、原典を読むことで、判断しなければならないことが増えます。
シャノンの図から、人間の会話までには距離があります
コミュニケーションモデルについても、同じ問題があります。情報源、送信機、通信路、受信機、宛先、そしてノイズ。プロジェクトマネジメントの教材で繰り返し使われてきた構造です。
この系譜を遡ると、クロード・シャノンが1948年に発表した“A Mathematical Theory of Communication”へ到達します。原論文の図には、information source、transmitter、channel、receiver、destinationなどが配置されています。シャノンはchannelについて、信号を送信機から受信機へ伝えるために使用される媒体であると説明しています。シャノンの原論文を確認すれば、この図が何を対象としていたのかが分かります。
ただし、シャノンの理論は、もともと人間同士の対話を円滑にする方法を説明するためのモデルではありません。通信路を通じて情報を正確、または近似的に再現するという、数学的・工学的な問題を扱っています。メッセージの意味そのものは、通信工学上の問題とは区別されています。
一方、プロジェクトマネジメントでは、文化、先入観、言語、専門領域、権限関係など、人間的な要素をモデルへ加えます。フィードバックや受信確認も重視します。これは原典の単純な紹介ではなく、別の目的に合わせた拡張と再構成です。
再構成には意味があります。シャノンの図だけでは、プロジェクトにおける対話の問題を十分に説明できません。しかし、どこまでが元のモデルで、どこからが後の拡張なのかを示さなければ、読者はすべてをシャノンの理論だと受け取るかもしれません。
ガイドに掲載された図を、そのまま覚えればよい。試験対策だけを考えれば、それでも済む場合があります。しかし、なぜそこに通信路があり、なぜノイズがあり、その後に文化や偏見が加えられたのかを理解するには、原典と現在の説明を分けて読む必要があります。シャノンから学び直すべきでしょう。いや、シャノンだけでもないですね。
そして、この図には日本語訳に関する長年の問題もあります。これは長年続く頭の痛い問題です。それについては、次回あらためて扱います。
ガイドから消えても、知識が消えたわけではありません
現在のガイドに掲載されていないからといって、その知識が無効になったとは限りません。新QC七つ道具は、その分かりやすい例です。QCはQuality Control、すなわち品質管理を意味します。新QC七つ道具は英語ではNew Seven Quality Control Tools、またはSeven Management and Planning Toolsなどと呼ばれ、主として言語情報の整理や管理・計画に利用されます。
過去のPMBOKガイドでは品質マネジメントに関連する道具として扱われていましたが、現在のガイドでは以前と同じ形では確認できません。しかし、親和図、連関図、系統図、マトリックス図などの道具が使えなくなったわけではありません。品質管理の分野では、現在も管理・計画のための道具として整理されています。米国の品質専門家団体American Society for Quality(ASQ)も、七つの管理・計画ツールとして解説を公開しています。ASQは、品質管理・品質保証に関する専門知識、教育、資格認定などを提供している団体です。
試験に出題されるかどうかと、知識として有効かどうかは同じではありません。また、現行ガイドに明記されているかどうかと、PMP受験者が理解しておく価値があるかどうかも同じではありません。
ここは教材制作者にとって厄介なところです。過去に掲載されていた知識をすべて残せば、教材は際限なく増えます。現行ガイドにないものをすべて削除すれば、説明の連続性や実務上の価値が失われます。
したがって、「現行ガイドにあるか」という一つの条件だけでは判断できません。現在の試験との関係、実務上の有用性、受講者が参照できる資料の有無、説明に必要な前提知識などを分けて考える必要があります。
削除された知識を無条件に保存するのでも、無条件に捨てるのでもありません。現在の教材の中で、どのような位置づけを与えるかを決めるのです。
契約を理解するなら、制度の背景を見る必要があります
調達マネジメントで扱われる契約タイプにも、外部資料が役立ちます。定額契約、実費償還契約、インセンティブ契約、タイム・アンド・マテリアル契約。PMP試験対策では、それぞれの特徴と、買い手・売り手が負担するリスクの違いを整理します。
しかし、契約タイプの名称だけを覚えると、制度の背景が見えにくくなります。PMIの説明で使用される契約分類の多くは、米国の政府調達で発達した制度と強い関係があります。米国連邦調達規則(Federal Acquisition Regulation:FAR)のPart 16を見ると、fixed-price、cost-reimbursement、incentive、time-and-materialsなどの契約が、適用条件や管理上の制約とともに規定されています。FAR Part 16では、契約タイプが単なる名称一覧ではなく、費用負担、利益への誘因、不確実性、監督能力などを考慮して選択されることが分かります。FARは、米国連邦政府の機関が物品やサービスを調達するときに適用する基本的な規則です。
もちろん、PMP受験者がFARを詳細に暗記する必要はありません。すべての国、すべての民間契約が米国政府調達と同じでもありません。
それでも、なぜこのような契約タイプが分類され、どのような状況で使い分けられるのかを理解するには、背景となる制度を確認したほうが早い場合があります。ガイドに書かれた短い説明を何度も言い換えるより、制度の原文を読んだほうが、リスク配分の考え方を明確に理解できることがあります。
ガイドの説明を捨てるのではありません。ガイドを地図として使い、必要な場所では、その地図が参照している土地を実際に見に行くのです。
現在入手できる資料を探すことも必要です
原典を特定できても、その文献を受講者が入手できるとは限りません。以前はPMIから提供されていた旧版のガイドや補助資料が、現在は配布されていないこともあります。教材制作者が保存している文献を正確に参照しても、受講者自身が確認できなければ、学習用の参照先として十分に機能しない場合があります。
そこで、知識の由来と、受講者へ提示する資料を分ける必要が生じます。
ある概念の歴史的な出典は旧版ガイドであっても、現在の説明には公開されている原論文や専門団体の資料を使用することがあります。反対に、原典は公開されていても、初学者には難しすぎるため、教材では別の解説資料を示すこともあります。
出典が正しいこと、現在入手できること、受講者にとって理解可能であること、そして現在の試験や実務に関係すること。これらは別々の条件です。
この四つを同時に満たす資料は、案外多くありません。だからこそ、出典一覧を作るだけでは足りず、各資料をどの目的で利用するのかまで管理する必要があります。
AIは原典の代わりにはなりません
AIを使うことで、原典へ到達するまでの時間は大幅に短くなりました。著者名や理論名から論文を探し、複数の版を比較し、本文中の用語を検索し、後世の説明との差を整理する作業は、以前よりはるかに容易です。
以前であれば、図書館や書庫で数時間、場合によっては数日を要した調査が、短時間で進むことがあります。関連する研究者、別名で呼ばれている概念、制度上の原文など、次に確認すべき資料の候補も提示してくれます。
学習という意味でも、これは大きな変化です。ガイドの一行から原典へ移動し、原典から周辺分野へ進み、再びプロジェクトマネジメントへ戻ることができます。知識を一本道ではなく、関係の網として学べるようになりました。
しかし、AIが示した出典が本当に存在するとは限りません。論文が存在しても、AIの要約が正しいとは限りません。原著者が述べたことと、後世の解説者が加えたことを混同する場合もあります。複数の文献に共通して書かれている、もっともらしい説明を、原典の記述として提示することもあります。
そのため、AIが見つけた情報は、調査の終了地点ではありません。確認を始める地点です。
著者、書名、発行年、掲載誌、該当箇所を確認し、可能であれば原文を読みます。ガイドの記述、AIの要約、原典の記述、自分の解釈を分けます。確認できなかったものは、確認できなかったものとして残します。
AIによって調査時間は短くなりました。しかし、何を証拠として採用するかという責任まで短縮されたわけではありません。
ガイドを疑うためではなく、正しく使うために
原典へ戻るのは、PMBOKガイドの誤りを探すためではありません。ガイドに書かれた説明が、どの範囲で有効なのかを理解するためです。
ガイドは、多くの知識を一つの体系へまとめています。それは大変な仕事です。対象範囲が広い以上、すべての理論について成立過程や適用限界まで記載することはできません。版を重ねるたびに構成や重点が変わることも避けられません。
一方で、教材を作る側は、ガイドの簡潔な説明を、さらに短い暗記項目へ変えてしまう危険があります。ガイドによる圧縮を、教材がもう一度圧縮し、最後には用語と正解だけが残ります。それでは、幅広い知識を学ぶというPMP資格の価値そのものを弱めてしまいます。
ガイドを信頼することと、ガイドだけを読むことは同じではありません。原典に戻り、外部資料を確認し、現在の受講者が利用できる形へ組み直す。そのうえで、試験に必要な範囲を明確にします。
AIは、この往復を速くしました。
ガイドから原典へ。原典から現在の外部資料へ。そして、もう一度教材へ。
今回行っているリファクタリングは、この往復を記録し直す作業でもあります。用語の出典、説明の変化、現在の参照先、教材で採用した表現、それを採用した理由まで残します。
原典を読めば、すべてが簡単になるわけではありません。むしろ、単純に言い切れなくなることが増えます。
しかし、その微妙さを失わないことが、長く使える教材には必要なのだと思います。
次回は、日本語版の翻訳について書きます。原文と翻訳の間で何が失われ、なぜ同じ違和感が版をまたいで残り続けるのか。翻訳に関わった方々を非難するのではなく、教材制作者が英語版を基準にせざるを得なくなった理由を整理します。

