野村/Nickです。前回の続きです。一端、この2回で一段落です。
前回は、ビジネスアーキテクチャの基礎となる「ビジネス・ケイパビリティ(Business Capability)」についてお話ししました。 要するに、「ビジネスを行うために必要な『部品』」のことでしたね。
飲食店で言えば、「調理する能力」「注文を受ける能力」「会計する能力」などです。 これらは、吉野家であろうと、高級フレンチのロブションであろうと、ビジネスとして成り立たせる以上は必ず持っている共通の機能です。
では、部品が同じなのに、なぜこの2つの店は「全く違う店」になるのでしょうか? 今回は、その謎を解く「バリュー・ストリーム(Value Stream)」のお話です。
1. 価値の流れ(Value Stream)を定義する
結論から言うと、部品(ケイパビリティ)の「使い方」と「組み合わせる順番」、そして「ゴールの設定」が違うからです。
BIZBOKでは、これを「バリュー・ストリーム(Value Stream)」と呼びます。
Definition (定義): End-to-end collection of value-adding activities that create a result for a customer. (顧客に対する結果を創出する、価値付加活動のエンド・ツー・エンドの集合体)
横文字が多くて眠くなりますね。 平たく言うと、「お客さんが『お腹すいたー』と思ってから、『あー満足した』と店を出るまでのストーリー」のことです。
重要なのは、これが単なる「業務フローチャート」ではないことです。「誰がハンコを押すか」ではなく、「どの段階で、どんな価値(Value)をお客さんに渡しているか」に着目します。
ケースA:ファストフード店(牛丼屋など)
彼らが提供したい価値(Value Proposition)は、「速さ・安さ・いつもの味(均質性)」です。 ストリームの名前をつけるなら、「空腹から満腹へ(最速で)」となります。
- 注文(Initiate):券売機で「選ぶ手間」を省く。
- 調理(Process):マニュアル通りに数秒で盛る。
- 会計(Payment):先に払って、あとは食べるだけ。
- 退店(Complete):サッと食べてサッと出る。
ここでの正義は「Efficiency(効率)」です。余計な会話や、シェフの気まぐれなアレンジは「価値」ではなく「ノイズ(邪魔)」になります。
ケースB:高級レストラン(記念日ディナー)
彼らが提供したい価値は、「非日常・感動・記憶」です。 ストリームの名前は、「特別な機会への欲求から、記憶に残る体験へ」となります。
- 予約(Reserve):数ヶ月前から席を確保し、「期待感」を高める。
- 出迎え(Welcome):名前で呼びかけ、上着を預かる(ホスピタリティ)。
- 提案(Curate):ソムリエが料理に合うワインを提案する。
- 食事(Execute):2時間かけて、物語のあるコース料理を楽しむ。
ここでの正義は「Experience(体験)」です。効率を求めて皿を早く下げすぎると、価値が毀損します。
ここで少し脱線してみましょうか。ここまで大きな違いでなくても、似たようなチェーン同士でも、微妙に違うことがあります。くら寿司と、スシロー。青山とアオキ。マクドナルドとバーガーキング。フレッシュネスバーガーとモス。ローソンとファミリーマートとセイコーマート。かなり近いカテゴリーでも、それぞれ違いがあるものです。こうしたところを観察していくこと、観察し、違いを見抜くこと、そうしたことが、プロダクトマネジャーに求められていると思います。では、話を戻します。
2. 核心:クロス・マッピング(能力 × 価値)
ここからがビジネスアーキテクチャの面白いところであり、「Blueprint(設計図)」と呼ばれる所以です。
第1回で洗い出した「部品(ケイパビリティ)」を、この「ストーリー(バリュー・ストリーム)」の上に配置してみるのです。これを「クロス・マッピング(Cross-Mapping)」と言います。
同じ「調理管理(Food Preparation Mgmt)」という能力(部品)でも、ストーリーが違えば、求められる性能が全く異なります。
【比較:調理能力のゴール】
- ファストフード:均質性・スピード
- いつどこで食べても同じ味。
- 高級レストラン:芸術性・独創性
- その日最高の食材で最高の一皿を。
【比較:必要なリソース】
- ファストフード
- マニュアル、自動飯盛り機、パートタイマー
- 高級レストラン
- 熟練のシェフ、最高級の食材、長い修行
【比較:評価指標 (KPI)】
- ファストフード
- 提供時間(秒単位)、原価率
- 高級レストラン
- 顧客満足度、ミシュランの星
なぜこれが重要なのか?
多くの企業のシステム導入や組織改革が失敗するのは、この視点が抜けているからです。
例えば、あるファストフード店が「高級店の『調理能力』は素晴らしい! うちの店員もフランスで修行させよう!」と言い出したらどう思いますか? 「いやいや、そこにお金かけても、お客さんは牛丼に3000円払わないよ」と止めるでしょう。
しかし、実際のビジネスの現場では、これと同じことが頻繁に起きています。 自社のバリュー・ストリーム(提供価値)において、「どの能力(ケイパビリティ)」を「どのレベル」まで高める必要があるのか。 逆に、「どの能力」は「そこそこでいい(標準レベルでいい)」のか。
このメリハリをつけるために、ビジネスアーキテクチャという設計図が存在します。
3. まとめ:ビジネスアーキテクチャとは「レシピ」である
2回にわたって、飲食店を例にBIZBOKの概念を見てきました。
- Capabilities(ケイパビリティ)
- = 食材・調理器具(我々は何を持っているか?)
- Value Streams(バリュー・ストリーム)
- = コース料理の構成・レシピ(どうやって顧客をもてなすか?)
ビジネスアーキテクチャのBlueprintを描くということは、「誰にどんな料理(価値)を振る舞いたいかを決め、そのために最適な食材と道具の組み合わせを定義すること」に他なりません。
分厚いBIZBOKガイドに書かれていることも、突き詰めれば「どうすればこの設計図を、漏れなく、矛盾なく、みんなが合意できる形で作れるか?」というノウハウ集です。
「うちはIT企業だから関係ない」? いえいえ。 「ソフトウェア開発能力(Cooking)」を使って、「バグのないシステムを納品する(Fast Food的価値)」のか、「革新的な体験を創出する(Fine Dining的価値)」のか。
この視点は、年齢や立場に関係無く、全員に必要と筆者は考えています。たとえば、「私はプロジェクトマネジャーなので、顧客の求めるプロダクトを、私達の現在の能力で、納品しさえすれば良い」、これは一昔前の正論でした。しかし、そろそろ、「顧客の求めるアウトカム=顧客が獲得する価値」を提供するには、「私達はどうあるべきか?」を考える必要があるのではないでしょうか。こうした問いと視点を持つことは、シニアの仕事ではないかもしれません。現場にいる人こそ、それを大切にすべきでしょう。
さて、あなたの会社の「調理場」には、どんな設計図が必要でしょうか?
(連載おわり)


