Nick/野村です。ガイド8版を読んでいます。まず、一番根本となる、「プロジェクト」から解説しましょう。
プロジェクトの定義
PMBOKガイド8版では、プロジェクトについて次のように定義しています。8版、Standard 1.2 Key Terms and Conceptsから引用します。まずざっと読んでみて下さい。
Project.
A temporary initiative in a unique context undertaken to create value. The temporary nature of a project indicates a beginning and an end to the project work or a phase of the project work. A project’s unique context can be driven by its distinct goals, environmental conditions, approaches, stakeholders, or other dimensions. Projects can be stand-alone efforts or part of a portfolio or program.Project.
価値を創出するために実施される、固有の状況における一時的な取り組み。
プロジェクトの一時的な性質は、プロジェクト作業そのもの、またはプロジェクト作業のある段階に開始と終了があることを示している。
プロジェクトの固有の状況は、その特有の目標、環境条件、アプローチ、ステークホルダー、その他の側面によって規定されうる。
プロジェクトは、単独で実施される取り組みであってもよいし、ポートフォリオまたはプログラムの一部であってもよい。
学生〜社会人1年目の人のための解説
PMBOK®ガイド8版が示すプロジェクトという言葉は、少し難しく見えるかもしれませんが、実はとても身近な考え方です。
まず覚えておきたいのは、プロジェクトには「目的」と「終わり」があることです。
何らかの価値を生み出すために始まり、成果が出れば終わる。この“終わる”という点が、毎日続くアルバイトなどと違うところです(毎日繰り返す終わりの無い仕事は、Operationsと呼ばれます)。そして、プロジェクトはいつも固有の状況の中で実施されます。目標も、人も、環境も、同じものはひとつとしてありません。だからこそ、「こうやれば必ず成功する」という万能のやり方は存在せず、その場の状況を理解したうえで進め方を考えていきます。自分で考えよう、自立して考えよう、ということに繋がっていきます。
もう一つ大事なのは、プロジェクトが必ずしも単独で動くとは限らない点です。
大きな組織では、関連する複数の取り組みがまとまって動き、その一部としてプロジェクトが位置づけられることもあります。企業の戦略の中で、「今どの方向に進みたいのか」を実現するためのひとつの手段として、プロジェクトが置かれているというイメージです。学生であれば、学園祭の企画、ゼミの合同研究、アプリ開発のチーム作業などがそのままプロジェクトに相当します。社会人になれば、商品企画、マーケティング施策、社内の改善活動など、多くの仕事がプロジェクトとして定義されます。
つまり、プロジェクトとは「何かを成し遂げるために、限られた期間で集中して進める取り組み」のこと。
働き始めてすぐに直面する、ごく普遍的な仕事の単位だと言えるのです。
と、まずは非常に穏やかな解説を書いてみました。
PMPのための解説
さて、それでは、私目線の少しマニアックな解説を書きます。8版のプロジェクトの定義は、かなり今風になったな、という印象です。7版とは大きく違います。7版は、
Project. A temporary endeavor undertaken to create a unique product, service, or result. The temporary nature of projects indicates a beginning and an end to the project work or a phase of the project work. Projects can stand alone or be part of a program or portfolio.
Project.
固有のプロダクト、サービス、または成果物を創出するために実施される一時的な取り組み。
プロジェクトの一時的な性質は、プロジェクト作業そのもの、またはプロジェクト作業の一つの段階に開始と終了があることを示している。
プロジェクトは、単独で存在する取り組みでもよいし、プログラムまたはポートフォリオの一部であってもよい。
また3版〜6版あたりでは、
Project. A temporary endeavor undertaken to create a unique product, service, or result.
固有のプロダクト、サービス、または成果物を創出するために実施される一時的な取り組み。
でした。96や2000も似たようなものでした。時を経て大きく変わってきています。そろそろ本題に入りましょう。
イニシアチブ(initiative)
今回の8版。projectはinitiativeである、としています。イニシアチブつまり、「戦略的取り組み」ということです。このことから、今回のPMBOKガイド8版は、「経営や戦略の視点で描かれている」ということがわかります。つまり、戦略の視点でなければ、projectという言葉の定義すら、飲み込めないということなのです。
さて、プロジェクトはイニシアチブであるというなら、他にどんなイニシアチブがあるのでしょうか?私の考えるイニシアチブを挙げてみましょう。
1. プログラム(Program)
- 互いに関連する複数のプロジェクトを束ねて、より大きな価値を実現する取り組み
- 例:全社の顧客体験変革プログラム(CX Transformation Program)
2. ポートフォリオ構想(Portfolio Initiative)
- 投資判断のために複数のプロジェクト・運用活動・能力開発を束ねて管理する取り組み
- 例:IT 投資の最適化ポートフォリオ、研究開発ポートフォリオ
3. 業務運用(Operations)
- 組織価値を維持・拡張するための継続的活動(私が苦手なもの、です。ただ、ここから改善プロジェクトという話になると、興味が出てきます)
- 例:コールセンター運用、製造ライン運用、IT 運用
4. 能力開発(Capability Development Initiatives)
- 新しいケイパビリティを構築・成熟させる取り組み(私がずっと取り組んでいるものですね!)
- 例:データ分析能力の構築、人材育成体系の刷新、サプライチェーン可視化能力の強化
5. 組織変革(Transformation Initiatives)
- 戦略・組織構造・文化を大きく変える取り組み(これまた、私がずっと取り組んでいるものです。ここからプロジェクトが切り出されます)
- 例:DX推進、組織文化改革、経営モデル転換
6. 研究・探索(Exploration Initiatives)
- 新規領域の探索、Not-Yet-Project の状態
- 例:新規事業探索、技術PoC、パイロットテスト
- Design Thinking、Lean Startup、R&D の探索サイクル
7. 戦略キャンペーン(Strategic Campaigns / Change Campaigns)
- 組織全体の認識や行動を変えるための集中施策(これはプロジェクトになりやすいですね)
- 例:安全キャンペーン、全社コスト削減キャンペーン
8. 業務標準化・品質改善(Process / Quality Initiatives)
- 業務プロセス・品質基準・ガバナンスを整備する取り組み
- 例:ISO取得、業務標準化、品質向上活動(Kaizen、Six Sigma)
9. パートナーシップ / アライアンス構築(Alliance Initiatives)
- 戦略的な外部連携を形成する取り組み
- 例:共同研究の締結、海外企業との提携、エコシステムづくり
さて、initiativeはとても沢山あり、俯瞰してみると、「上位から下位に仕事が落ちてきて、それが我々のproject=initiative」である、ということがわかります。initiativeとは、組織が戦略を進めるための”行動単位”であり、その一つがプロジェクト、なのです。言うまでも無いことですが、全てのプロジェクトは組織の戦略に必ず含まれていなければならないのです。
96から7版までは、そんなニュアンスはありませんでした。8版では、「組織の目標と、それを実現するための戦略」があって、様々なinitiativeがあり、そのなかのinitiativeの一つとしてprojectという考え方がある、ということになりました。従来の、「ポートフォリオ、プログラム、プロジェクト」みたいな単純な話ではないのです。そして、戦略と様々なInitiativeを理解していないと、projectという言葉の理解も深まらないのです。
8版は、非常に明確に、プロジェクトを「戦略を動かすための一つの行動様式」と定めた、と言えると思います。



